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台風の中でも、ピースデーは続いた。PEACE DAY 2026、9月21日の記録

今年、代々木公園にフェスの熱気はなかった。

台風25号が接近し、フェスの開催が中止になったのは、配信のわずか1日半前のこと。会場は急きょLIFULL Tableに移り、台本もプログラムもほとんどないまま、13時、配信は始まりました。この日を「ノンストップで、そして台本なんてございません」と言い切ったのは、PEACE DAYを主宰する井上高志です。

いつもの代々木公園なら、進行はきっちり組まれています。でも今年は違いました。誰が次に何を話すのかも、決まっていない。段取りのなさが、その場その場の空気をそのまま浮かび上がらせていました。用意された言葉より、その場で絞り出された言葉のほうが、重く残ることがあります。この日は、そういう時間の連続でした。

正直に言うと、この急な変更を、どこまで記録できるのか分かりませんでした。屋内、少人数、台本なし。ニュースの見出しにするなら「台風のため中止」の一行で済んでしまう日です。でも、その一行には収まらないものが、確かにこの日にはありました。

国連が「Invest in Peace」を掲げたこの年も、中東で、アフリカで、南米で、有事は絶えませんでした。サヘル・ローズさんが指摘した、ICCへの制裁やNATOをめぐる緊張は、ニュースの見出しにはならないけれど確かに世界を軋ませている出来事です。「一個人の感情で、社会が、世界が動いてしまっている」という言葉が、静かに響きます。

それを受けて、ジャーナリストの堀潤さんが返したのは、「その世界の中に私たち一人一人は生きている。声を上げる力を持っている一人なんだっていうことを、確かめなきゃいけない」という言葉でした。

ちょうど2年前の同じ日、能登半島は豪雨に沈んでいて、そして今年もまた、台風。戦争と気候変動は、この日の配信の中で、地続きのまま重なり続けていました。

追悼と、継がれていくもの

配信は、谷崎テトラさんへの追悼から始まりました。今年7月に旅立たれたテトラさんの奥様、園子さんとともにステージに立った「テトラバンド&フレンズ」。谷崎テトラさんはLUNA SEAのギタリスト・SUGIZOさんとの二人組ユニット「S.T.K.」でも活動しており、去年は大阪万博の2000人収容ホールでフィナーレを飾った仲間です。

歌われたのは「時代遅れのロックンロールバンド」、そして谷崎テトラさんが生前最後に遺した「生きとし生けるもののアリア」でした。この曲には姉妹曲があります。作曲した前野隆司さんが、インドのマントラ「ローカ・サマスタ・スキノー・バヴァントゥ(生きとし生けるものが幸せでありますように)」について谷崎テトラさんとSNSで語り合ったことがきっかけで生まれた一曲です。歌詞を一語ずつ噛みしめるように歌う声に、会場の空気が静かに満ちていくのがわかりました。

谷崎テトラさんが夢に見たという、ピンクのバラの十字架のエピソードも、深い思いをそのまま抱えたまま語られていました。今年1月、谷崎テトラさんはステージ4のがんを公表した際、SNSに「ピンクのバラの十字架を夢で見た」と書き記していました。それを読んだ兼良知子さんが、フラワーアーティストの川崎ロマンさんに衝動的に連絡を取り、「これ、作れる?」と持ちかけたことから、二人と有志のコーラス隊の仲間たちの手で、その十字架は現実の形になりました。中南米から取り寄せたプリザーブドフラワーで作られたその作品を見たとき、谷崎テトラさんは「イメージしたものがこの世に顕在化した」と、言葉にならないほど驚き、喜んだといいます。今日はあいにくの台風で会場が変わり、宅配便が間に合わず実物は届きませんでしたが、写真とともに、その物語は確かに語り継がれていました。

中村橋吾さんの「平和成祈鐘(へいわになれやいのるはこのかね)」も、忘れがたいものでした。三味線もつけ打ちもなく、ただ声と体だけで演じられた歌舞伎。この演目は、ニューヨーク国連本部に実在する「国連平和の鐘」にまつわるもので、被爆者であり戦争捕虜だった中川千代治さんが、一民間人としてその鐘を届けたという奇跡の物語です。この夏、まさにその本物の鐘の前に立てたという報告のすぐあとに、その舞台は披露されました。6年前、万博跡地のレプリカの前で初めて演じたときからの積み重ねが、静かな覚悟となって滲んでいました。

この場所が生まれた日

ここでもう一つ、この日でしか聞けなかった話がありました。ユナイテッドピープル代表であり、国際平和映像祭代表理事も務める関根健次さんです。ピースデーがどう始まったのかを、確かな熱量で語ってくれました。

イギリス人俳優のジェレミー・ギリーが、被爆した祖父の体験から国際平和デーを作ろうと思い立ったこと。長崎に落ちた原爆の火を、捕虜として収容されていた祖父が見ていたこと。一緒に帰国できた仲間が21人だったから、9月21日という日付を選んだこと。

関根健次さんと谷崎テトラさんは、別々の場所でギリーの映画「ザ・デイ・アフター・ピース」を見て、それぞれ心を震わせ、そこから縁がつながって、この場所が生まれたのだと言います。

なお、配信の途中にはジェレミー・ギリー本人からのビデオメッセージも届き、Peace One Dayが新たに掲げる5カ年計画「The Road to 2033」が紹介されました。2030年9月21日までに世界中の学校を巻き込み、その日の暴力を50%削減し、50億人を動かすという目標です。

若い声と、現場に立つ人たち

若い声にも、確かな重みがありました。15歳のZERO FESプロデューサー・天野凱斗さんと、16歳のドローンレーサー・山本悠貴さん。ドローンが軍事や攻撃の道具として日常的に報じられる今、「自分がいつも使っているものが、人を攻撃するために使われてしまっていることが悲しい」という山本悠貴さんの言葉には、切実な実感がこもっていました。堀潤さんが二人に投げかけた「グローバルの主語は誰なのか」という問いに、天野凱斗さんが返した「地球でワンチームだよね、という心がグローバルなんじゃないか」という答えも、印象に残るやり取りでした。

Candle JUNEさんの語りも、心に残るものでした。用意された言葉ではなく、その場でこみ上げてきたものを、そのままぶつけていた。「平和活動をして、貧乏で、それでもやっている」「批判する前に、自分は何をやっているのか」。まっすぐな言葉を、その場にいた誰もが静かに受け止めていました。それ自体が、この日この場所にしかなかった空気だったように思います。福島や能登での継続的な支援活動についても、静かな熱を込めて語っていました。

サヘル・ローズさんと星咲英玲奈さんの対話も、軽やかさの裏に、深い陰影を抱えていました。星咲英玲奈さんは、モデル・タレントとして活動するかたわら、3度死にかけたという経験や、保護猫に救われたという経験から動物保護活動を続けている方です。中国残留孤児をめぐる取材、震災のあとに残された心の傷、そして自身が3度死にかけたという話。「戦争が終わったと記録されても、残された人にとっては、終わっていない」。その言葉は、この日何度も、姿を変えて繰り返されていたテーマそのものだったと思います。堀潤さんはこの流れで、パレスチナの刺繍作家アイシャさんを支援する高橋智恵さんの言葉を紹介していました。「共感じゃダメなんです。共在感が必要なんです」。

アースデイ東京の皆さんも登壇しました。事務局長の河野竜二さん、一般社団法人アースデイジャパンネットワークの岡田アリスさん、今年から広報に加わった渡辺美咲さん。1970年、ベトナム戦争のさなかにアメリカで始まった市民運動を起源とし、2001年から代々木公園で環境をテーマにしたイベントを続けてきた団体です。「平和活動も、母なる地球がないと成立しない」という言葉に、ピースデーとの縁の深さが表れていました。

続いて登場したのは、1分動画で社会課題をわかりやすく伝えるメディア「RICE MEDIA」の廣瀬智之さんと、バーベキューを通じて世界平和を目指す活動を23年間続けてきた「Share Style BBQ」の岩井慶太郎さん。フードロスを出さずに、食べ物を分け合う場をつくり続けてきた岩井慶太郎さんの「食べ物を軸にした争いってきっとなくなるんじゃないか」という言葉には、地に足のついた説得力がありました。手法も、立場も違う。それでも、根っこにあるものは変わらなかったように思います。

語り納めに残ったもの

配信の終盤には、映画配給を通じて平和を伝え続ける関根健次さんが、9月26日公開の「拝啓、明日」、11月28日公開の「インサイド・ガザ」という二つの新作を紹介し、前日に渋谷で開催されたばかりの国際平和映像祭の話や、ボノ率いるU2がサラエボで開いた伝説のコンサートを描いたドキュメンタリー「Kiss the Future」への熱い思いも語られていました。

最後には、サヘル・ローズさんが先日のウクライナ訪問について語りました。空襲警報が鳴り響く中でも日常を手放さない人々の姿、退役軍人との出会い、そして「戦争には顔がある」という言葉。「平和の捉え方は、その国に住む人たちによって変わる」という気づきは、この日語られたすべての言葉を静かに束ねるようなものでした。そして締めくくりには、カナダ在住の詩人・船戸愛さんが書き下ろした「平和の詩」が朗読されました。実は今日9月21日は、船戸愛さん自身の誕生日でもあります。種が芽吹き、傷つき、それでも土の下で眠り続けるという長い詩は、この日という日そのものを映しているようでした。

画面の向こうと、来年へ

同じこの三連休のあいだ、Live Peace Movement 2026のもとでは、フランスやドイツをはじめ、世界各地で「#WeWantPeace」を掲げた催しが開かれていました。代々木公園の屋外イベントという一つの形は失われても、私たちが小さな部屋から言葉を交わし続けたこと自体、その大きな流れの一部だったのだと思います。会場は違っても、願っていることは、たぶん同じでした。

配信を見てくださった皆さんの存在も、この日を形づくった一部でした。会場から見えるチャットのコメントに、話し手が言葉を返す場面が何度もありました。画面のこちら側とあちら側で、同じ時間を分け合っていたのだと思います。

今日という日は、一人では成り立ちませんでした。急な変更にもかかわらず駆けつけてくださった出演者の皆さま、台風の中で機材と向き合ってくださった制作スタッフの皆さま、何年も前からこの場所を支え続けてきたボードメンバーや関係団体の皆さま、そして画面の向こうから言葉を送り続けてくださった視聴者の皆さま。それぞれの持ち場で、それぞれのやり方で、この日を成立させてくださいました。心から、感謝申し上げます。

会場は変わりました。進行の形も、いつもとは違いました。それでも、ここに集まった人たちの数だけ、平和について考える時間が確かにあった。それは、代々木公園でも、LIFULL Tableでも、変わらなかったことだと思います。

来年、この続きがどんな形を取るのかは、まだ誰にもわかりません。天候も、場所も、集まる顔ぶれも、きっと今年とは違うでしょう。それでも、9月21日という日に、誰かが平和について語り、歌い、誰かの話に耳を傾ける。その営み自体は、形を変えながらも、たぶん続いていきます。来年もまた、その続きに立ち会えたらと思います。